1. 嚥下(飲み込み)の仕組みと加齢による変化
嚥下とは、口の中に入れた食べ物や飲み物を安全に喉を通して胃まで送り込む一連の動作を指します。日常生活では無意識に行われていますが、実は複雑な筋肉と神経の連携によって成り立っています。
具体的には、まず口の中で食べ物を噛んで細かくし、唾液と混ぜて飲み込みやすい形状(食塊)にまとめます。その後、舌や頬の筋肉を使って喉の奥へ送り出し、次に喉頭蓋という部分が気管をしっかり閉じることで、誤って気管に食べ物が入らないように守っています。そして、食道を通じて胃へ運ばれることで嚥下が完了します。
しかし、年齢を重ねるとこれらの働きにも変化が現れます。例えば、唾液の分泌量が減少したり、口や喉、舌などの筋力が弱まったりすることで、食べ物をうまくまとめたり送ったりする力が低下します。また、反射機能も鈍くなり、誤って気管に食べ物や飲み物が入りやすくなる(誤嚥)リスクが高まります。
このような加齢による変化は誰にでも起こり得るものですが、毎日のちょっとした工夫やトレーニングで予防や改善が期待できます。次の段落からは、言語聴覚士としておすすめする日常でできる誤嚥予防と嚥下力強化のポイントについてご紹介していきます。
2. 誤嚥のリスクとサインを知ろう
誤嚥とは、本来食道へ送られるべき食べ物や飲み物、唾液などが気管に入ってしまうことを指します。高齢になるほど飲み込む力(嚥下機能)が低下しやすく、誤嚥のリスクが高まります。ここでは、誤嚥が起こる主な原因や、日常生活で注意したいサイン、気づくためのポイントについてご紹介します。
誤嚥が起こる主な原因
| 原因 | 具体例 |
|---|---|
| 筋力低下 | 舌や喉の筋肉が弱くなることで飲み込みづらくなる |
| 加齢による感覚鈍化 | 口腔や喉の感覚が鈍り、異物に気づきにくくなる |
| 疾患の影響 | 脳卒中・パーキンソン病などによる神経障害 |
| 口腔内の乾燥・衛生不良 | 唾液の分泌量減少や義歯の不適合など |
| 急いで食事をする習慣 | よく噛まずに飲み込んでしまう |
日常生活で気をつけたいサイン・気づくポイント
| サイン | 具体的なチェックポイント |
|---|---|
| 食事中によく咳き込む | 飲み込んだ直後や食事中に咳が出ることが多いか観察する |
| 声がガラガラする・変わる | 食後に声がいつもと違って聞こえる場合は要注意 |
| むせやすい・水分でむせる | 特にお茶や水など薄い液体でむせる場合は早めに対応が必要です |
| 食べ終わった後に疲れやすい・息苦しそうになる | 食事後に極端に疲れている様子がある場合も誤嚥のサインです |
| 体重減少・食欲低下が続いている | 十分に栄養摂取できていない場合も疑いましょう |
ご家族や介護者の方へのアドバイス
これらのサインは本人だけでは気づきにくいこともあります。ご家族や介護者の方は毎日の様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じた時には専門職(言語聴覚士や医師等)へ早めに相談しましょう。

3. 在宅でできる嚥下力を鍛える体操
嚥下力を強化し誤嚥を予防するためには、日常生活の中で無理なく続けられる口や舌、喉の体操がとても効果的です。ここでは、ご自宅で簡単にできる嚥下リハビリ方法を具体的にご紹介します。
口の体操:口唇の動きを柔軟に
パタカラ体操
「パ・タ・カ・ラ」とはっきり発音しましょう。それぞれ10回ずつ繰り返します。「パ」は唇を閉じて、「タ」は舌先を上あごに、「カ」は舌の奥を上あごに、「ラ」は舌先を巻き上げるように意識して発音します。これにより、口唇・舌・喉の動きが総合的に鍛えられます。
舌の体操:舌の筋力アップ
舌出し運動
舌を前に突き出したり、左右・上下に動かしたりすることで、舌全体の筋肉が刺激されます。各方向に5秒ずつ、数回繰り返しましょう。
舌回し運動
口を閉じたまま、舌先で歯ぐきをなぞるようにゆっくり円を描きます。右回り・左回りそれぞれ5回ずつ行います。唾液の分泌促進にも役立ちます。
喉の体操:嚥下反射の強化
空嚥下(からごっくん)
何も口に入れずに唾を飲み込む練習です。背筋を伸ばし、顎を軽く引いて「ごっくん」と飲み込みます。1日5~10回程度行うと効果的です。
首の運動(シャキア訓練)
仰向けになり、頭だけを持ち上げて足元を見るようにします。この姿勢を数秒保ち、ゆっくり戻します。無理のない範囲で1日数回繰り返すことで、喉周辺の筋力アップにつながります。
日常生活に取り入れるコツ
これらの体操は、食事前やテレビを見ながらなど、ご自分のペースで無理なく続けることが大切です。毎日少しずつでも継続することで、嚥下機能の維持・向上が期待できます。気になる症状がある場合は、かかりつけの言語聴覚士や医師に相談しましょう。
4. 食事の工夫で安全に
嚥下力を高め、誤嚥を防ぐためには、毎日の食事に少し工夫を加えることが大切です。日本のご家庭でも取り入れやすい調理法や食材選びについて、言語聴覚士の視点からご紹介します。
嚥下しやすい食事形態のポイント
| 食事形態 | 特徴 | おすすめメニュー例 |
|---|---|---|
| きざみ食 | 一口サイズに細かく刻み、噛みやすくする | きざみ納豆、きざみ野菜のお浸し |
| とろみ食 | 飲み込みやすくするために、とろみをつける | とろみ付き味噌汁、とろみ茶 |
| ムース食 | 柔らかく滑らかな食感で飲み込みやすい | かぼちゃムース、豆腐ムース |
| ゼリー食 | まとまりやすく、口内で崩れにくい | だしゼリー、お茶ゼリー |
調理の工夫で安全性アップ
- 煮る・蒸す・圧力鍋を活用:根菜や肉は柔らかく煮ておくと、噛まずに飲み込みやすくなります。
- とろみ剤を使う:市販のとろみ剤や片栗粉などでスープやお茶にとろみをつけると、誤嚥予防につながります。
- ひと手間加える:おにぎりはラップで小さめに丸める、パンはミルクで湿らせてから提供するなど、小さな工夫も効果的です。
日本の家庭で取り入れやすい食材選び
- 豆腐・卵・白身魚:舌触りが良く、柔らかいので高齢者にも適しています。
- 旬の野菜:季節ごとに変化をつけて楽しめる上、煮物やペースト状にもしやすいです。
- 山芋・里芋:自然なとろみがあり、そのままでも嚥下しやすいです。
- 和風だし:素材の味を活かしながら、旨味で食欲もアップします。
注意したいポイント
- パサパサしたもの:焼き魚やパンなどは飲み込みづらいため、とろみやソースを添えて調整しましょう。
- 繊維質・硬い食材:ごぼうやタケノコなどは十分に柔らかくしてから提供してください。
まとめ
日々の食卓に少しの工夫を加えることで、ご家族が安心して食事を楽しむことができます。無理なく続けられる範囲から始めてみましょう。
5. 食事時の姿勢・環境作り
誤嚥を防ぎ、嚥下力を高めるためには、食事の際の体の姿勢や食卓の環境作りがとても重要です。日本の住宅環境や和室・洋室の生活スタイルに合わせて工夫することで、より安全で快適な食事時間を過ごすことができます。
正しい座り方で安全に食べる
まず、椅子や座椅子に座る場合は、背筋を伸ばし、両足が床にしっかりつくように心掛けましょう。膝と腰が直角になるように座ることで、飲み込みやすい姿勢になります。和室で食事をする場合も、あぐらではなく正座や足を軽く前に出して座ることで体幹が安定し、誤嚥予防につながります。
テーブルと身体の距離もポイント
テーブルと身体の距離も大切です。テーブルに近づきすぎたり遠すぎたりすると、前かがみになったり無理な姿勢になりがちです。お腹とテーブルの間に手のひら1枚分ほど空けることで、自然な姿勢を保ちやすくなります。
食卓の環境づくり
明るい照明で食べ物がよく見えるようにし、テレビやスマートフォンなど気が散るものは食事中は控えましょう。また、日本では冬場にこたつで食事をする家庭も多いですが、こたつの場合でも背もたれやクッションを使って姿勢を崩さない工夫をしましょう。
安全で落ち着いた雰囲気作り
家族や介助者が声をかけてゆっくり食事できる雰囲気を作ることも大切です。急いで飲み込むと誤嚥のリスクが高まるため、「ゆっくり」「よく噛んで」など声かけを意識しましょう。日本の伝統的な「いただきます」「ごちそうさま」の挨拶も、落ち着いて食事を始め終える良い習慣です。
まとめ
食事時の姿勢や環境作りは、毎日のちょっとした工夫で誤嚥予防に大きく役立ちます。ご自宅のライフスタイルに合わせて実践してみてください。
6. 家族や介護者ができるサポート
ご家族や介護者が気をつけたいポイント
嚥下障害や誤嚥予防は、ご本人だけでなく、ご家族や介護者のサポートもとても大切です。日常生活の中で気をつけるべきポイントをしっかり押さえることで、安心して食事や会話を楽しむことができます。
食事の環境を整える
食事の際は、静かで落ち着いた環境を作りましょう。テレビやスマートフォンなどの余計な刺激を避け、集中して食事ができるようにします。また、座る姿勢も大切です。背筋を伸ばし、足の裏がしっかり床につくように椅子やテーブルの高さを調整しましょう。
食事の内容・形状に配慮する
ご本人の嚥下力に合わせて、食べ物の硬さや大きさを調整しましょう。例えば、飲み込みやすいようにあんかけやとろみをつけたり、きざみ食やミキサー食にする方法もあります。水分補給時も、とろみ剤を使うと安心です。
焦らずゆっくり食事をするサポート
早食いや大きな口での飲み込みは誤嚥のリスクを高めます。ご家族や介護者は「ゆっくりで大丈夫ですよ」「小さく一口ずつにしましょう」と声をかけながら、焦らずに食事が進むよう見守りましょう。
嚥下体操や声かけを習慣に
毎日の嚥下体操や発声練習は、嚥下力の維持・向上に役立ちます。一緒に体操を行ったり、「今日は体操できましたか?」と声をかけることで、継続しやすくなります。
異変に早く気づく観察力
咳が増えたり、食後に声がガラガラする、発熱があるなど、いつもと違う様子があれば早めに専門職(言語聴覚士や医師)に相談しましょう。日々の小さな変化にも目を配ることが重要です。
まとめ
ご家族や介護者が適切なサポートを行うことで、ご本人の安全と自信につながります。不安な点や困ったことがあれば、専門職に相談しながら無理なく続けていきましょう。
